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御景雑記

雑多に色々書いているだけのブログ。

「君の名は。」を見に行ってみた。

見に行った日:2016年10月9日

 
f:id:Mikage_932:20161010193514j:image

 

久々の更新がこんなのでちょっと路線が違うと思うかもしれませんが一応雑記なので。

 

8月26日に公開されて以降10月3日には動員100億人、興行収入130億円を突破した映画「君の名は。」。時折自分のTwitterのTLでも絵が流れてきたり好意的な感想ツイートが流れてきたりネタツイートが流れてきたりと話題になっていた。しかし自分としては当初「ラッドなんとかがうるさいんじゃ」とか「画が綺麗なだけなんじゃねえの」と相も変わらずグダグダと「見てないのに毒づく」という悪癖が発動し、それではいけないし一応見に行かなくてはと思ったものの色々あって1ヶ月ちょっとが経過してようやく見に行ったというのが見に行くまでの経緯。

 

見に行った上で思ったことは多々あるし、「そう上手く行くか?」と首を傾げることもあったがそれはあくまでも「架空のお話」だから割り切ることとして印象に残ったことを少しばかり。

 

「特定の人物の中身が入れ替わる」という要素は時々漫画やアニメでは出てくる要素だと思うが、この「君の名は。」は瀧から見て三葉は3年前の時間に生きている。しかし彼女は既に亡くなっている。そこで彼は三葉にとある事件の顛末を教え、なんとかして彼女に生きて欲しいが為に動くという展開。予備知識ゼロで見ている方からすれば事態は急展開する。作品の中でファンタジーとリアリティが織り交ざってるのは承知の上でもこんなことは思いつかなかったなと驚かされてしまった。ストーリーとは関係のない細かいところでは鉄道車両の作画や、実際のJR東日本で使用されている発車メロディー「春 Newver」、「高原」が使われているという点にも個人的には高ポイントとしておきたい。

 

また、最初は「何故?」と思っていたRADWIMPSによる楽曲も蓋を開けてみればしっかり世界観にあった劇伴を作り出し、時々入るボーカル曲も雰囲気を壊すことなく、見る前にニュース等で散々聞かされて、飽きて、嫌気がさしてと、ある意味この映画から自分が距離を置く要因となっていた「前前前世」も映像と共にスクリーンで届けられるとそのスケール、(後からパンフレットで確認したのだが)歌詞の繋がりなど、映画の中での一つのハイライトを他の曲から、映像から浮くことなくまとまっていて、先入観をいい意味でブチ壊しにしてくれたかなと思っている。自分の無知と偏見を呪うと同時に、サントラ盤が欲しくなってしまったのであった。

 

そして、この映画はパンフレットで新海誠監督がインタビューで言っていたように「一つの音楽を聴いたかのような」、そんな感覚を抱く作品だと体感した。見終わった後に「やっぱりウダウダ言わずに見ないと駄目だな」と思ったと同時に、どこか不思議な感覚を味わったのだが、それが「一つの音楽」という言葉の正体だったのかもしれない。その音楽を奏でるのが瀧と三葉を始めとした登場人物とその行動であって、東京と糸森の情景であって、そこに見る者は「聴き入っていく」。そう私は思った。