
元々先月の雑記にも書いたように、当初は今月のうちに江ノ電沿線に向かおうとも思ったのですが、どうも身体が満足に動いてくれなくて。そうしている内に案の定不眠状態が再発して、今こうして今月の雑記を書いている…という状況でございます。今回は今年の6月12日に公開された映画「Michael」を13日に鑑賞したので、今回は西寺郷太氏の解説動画も参考に思い出しながらネタバレを控えつつ書いていこうかなと思います。西寺氏の解説動画はこちらに貼っておきますので、「Michael」鑑賞済の方はネタバレ込みで是非どうぞ。私のコメントより丁寧でしっかり解説されていますので。
さて、ここからは私個人の雑感です。本当に粗雑な言葉になってしまうのですが、この映画は『とても良い映画』です。なんでそう思ったかって言ったらジャファー・ジャクソン演じるマイケルが本当に素晴らしい。私は生前のマイケル・ジャクソンをどれぐらい知っているかと言われたらそこまで…なのですが、彼の幼少期から父であるジョセフ・ジャクソンの苛烈な体罰混じりの猛練習からも音楽を嫌いになるどころか、音楽への情熱が芽生え、いつしか創作への渇望といった感情となり、そして説明不要の「キング・オブ・ポップ」と駆け上がっていく過程が描かれている…という。私から思うに、マイケルという人間は"永遠に純粋たる少年の心を持ち続けながらも、職人のような丁寧さも同時に併せ持った稀有な存在"だったのではないのかなと思います。そのあたりの描写が本当に丁寧で、いい意味で無駄のない映画だったなと感じています。本当はもう一回見直してからこの記事を書きたかったのですが、色々コンディションが合わないので解説動画を見つつ今回取り出しております。
そして、今回のタイトルの意味なのですが…まぁ、結局4月に見た「もうタイトルも見たくないようなあの映画」で負ったダメージがこの7月になるまで残っていたことが「Michael」の鑑賞で発覚する、ということなのです。いや本当に、世間との感性のズレがあることに関しては否定しませんですけど、「合わなかった人間」にとって「あの映画」の話題は苦痛極まりないんですよ、本当に。だからこそ「Michael」の丁寧な作りが身に沁みて、実際の評点以上によく見えてしまったのではないのだろうかって思います。正直有志の投稿企画でその映画の話題が出るだけでもげんなりするレベルには今でもキツいなと感じますし、それを抜きにしても未だに話題の中心にあることがどうにもこうにも納得行かない。でも、その爪弾きにされた感覚って、味わってみないとわからないことだと思いますよ。ぶっちゃけ「貴方にはわからないでしょうね!!」と某元議員みたいに泣きながら逆ギレ散らかしたいレベルですが。いや本当に引きずりたくないのに引きずるこの嫌な感覚からどうにか私を解き放ってくれ、と思わずにはいられないのですよ。勘弁して欲しい。魚の骨でもここまで喉に刺さったままじゃないだろ。
…すみません、愚痴でございました。でも本当に、本当に「Michael」ってすごい映画です。引き合いに出すのがあの映画なのは失礼極まり無いレベルで。なんか、ごめんね、本当に。でもこうして書き出さないと永遠に腹の虫が収まりそうにないので、今回はこの辺りで。









