
今月の御景雑記は2026年7月中旬*1に江ノ島電鉄(江ノ電)1000形の第1編成にあたる「1001-1051編成(1001F)」が現役を終えるとの知らせを聞いたので、少しばかり江ノ電にまつわる個人的な話をしようと思います。昔話といっても、精々齢28の小僧の語る少年~青年時代の些末な話ではありますが。
世の中の観光地がインバウンドの外国人で溢れ返る前の時代、私とその家族はよく休日になると"ちょっとした散歩"に出かけることがありました。そのルートは自宅の最寄駅からJR横須賀線は鎌倉駅に降り立ち、そのまま鎌倉駅から連なる江ノ電の沿線を江ノ島駅まで歩いていき、江ノ島駅からは江ノ電に乗って鎌倉に戻る…というもので、あの頃の「観光地らしい鎌倉界隈」というものはその地域としてはまだまだ普通の人通りだったかなと記憶しています。一度だけ、藤沢まで足を伸ばしたこともありましたね。
それこそ鎌倉高校前駅の例の踏切にインバウンドがうじゃうじゃいるような異様な景色なんて、その頃に見た試しがありませんもの。コンデジを構えてはパシャパシャと沿線を走る多種多様…といってももう本当に幼い頃にトミカ・プラレールビデオや図書館の書籍で見たような旧500形や300形303F/304Fはとっくにいなくて、それらの新性能電車化に使われた部品を流用して作られた20形、新500形が走っている時代。それでもみかげ少年は目を輝かせて撮ったものです。
たまたま今回ふと思い出してHDDを漁っていたら写真が出てきまして、撮影時期を確認すると2010年から2012年ぐらいにその散歩をやっていた記録が出てきました。秋先に行われる江ノ電唯一の車両基地である"極楽寺車庫"の公開、つまり「タンコロまつり」にも参加した記録がありました。


何分当時小学生だった頃の自分が撮影したものなのであからさまな見切れだのノイズだのはご容赦頂きたいのですが、こうしてみるといわゆる"お面"だけになってしまったとはいえ旧500形や303*2には出会えているのですよね。今思えば鎌倉に戻る時に神社仏閣巡りから帰って来るであろう長谷から先の大混雑が恒例行事なぐらいで、まだ許容できる範囲の空気感だったんじゃないかなって思います。
自分のHDDに残っている江ノ電の写真はそこから5年以上飛んで、高校時代の2017年が最後でした。今回タイトル画像に使っている1001Fの写真とこの305Fの写真がその中では比較的マトモな部類で、今振り返ってみると当時の自分は何を思って撮ったんだろうなというような代物ばかりでしたが…。それでも当時の自分は自信があったのでしょうね。

なんというか、段々と趣味が増えていくにつれて足が遠のいていった部分はあるんでしょうけど、自分の中で決定的に江ノ電から足が遠のくきっかけになってしまったのがインバウンドの増加と、2021年に305Fが出場試運転した際に発生した"とある騒動*3"だったんじゃないかなと思います。自分が鎌倉方面に行くのを億劫にしているだけとも言えばそうではあるのですが、それでもなんとなく自分の中で「近寄り難さ」や(言い方は最悪ですが)「インバウンドの餌」みたいな距離感みたいなものがどこかにあって、それが自分にとって嫌に感じられたのかなというのは思うところではあります。実際、その間の自分ははもう路線バスにメインの被写体をシフトして、1番熱心に追いかけた個体を撮っていた時期と重なりますからね。
とはいえコロナ禍明け以降の実態を知らずに今この雑記を書いているので、それはそれでどうなのかなと。でも比較的速やかに鎌倉~藤沢方面に寄る用事もあるわけじゃない。一応知人が藤沢在住だけどそこで会うかと言われるとそうでもない。となるとやっぱり足を運ぶきっかけは無理矢理にでも作らないといけないのかもしれません。となると表題で話題にしたお別れツアー真っ只中の1001Fを撮りに行くか?10形以来の純粋な新型車となった700形を撮りに行くか?うーんでもインバウンドは嫌だ。となってしまうわけです。
それでもこの記事を書いていて思ったのは「あれ?私ってもしかしたら江ノ電になにか未練あるんじゃねえの?」ということです。それが如何なるものなのかは正直わからない…と思っていたのですが。1つ確実な物があると思います。世間的に1番暑くてしんどい時期に行くことになりそうですが、そう遠くない内に再訪してその未練を祓いに行こうと思います。

願うことは、その日に"彼女"が動いていることではありますが…。